Yagimai Wonderland!!/TPDライブレポート
穴井夕子「DRIVE III」 ライブ
1996年6月6日(木) 新宿リキッドルーム

 
 日付けが変わって、もうどれだけの時が過ぎたのだろう。
 駅前で客待ちをしていたタクシーもいつしかいなくなり、ただぼんやり浮かんだ月とぼくだけが、静けさの中で最後の下り電車を待っていた。
 キミが降りるはずの小さな駅。人込みの中に真っ白なTシャツをさがして、もう3時間になる。一秒でも、キミに逢いたい。あの日、何も言えなかった臆病な自分を、今、ここでやりなおしたい。
 時計の針は、0と1の間で虚ろな音をたてている。最後のチャンスまで、あと5分。
 麻衣ちゃん。
 今日もキミは、来ないのか。


 5時間前、たしかにぼくは、新宿にいた。

 穴井夕子の、8ヶ月ぶりのソロ・ライブ。新宿・歌舞伎町のライブハウスは、つかの間の熱狂に包まれた。
 穴井のライブは、圧倒的だ。いつだって猛スピードで走り抜け、観客に終わったことさえ気付かせない。人々は穴井のパワーに、逃げ場もないままに躍らされる。この夜も、確かにライブは穴井のものだった。
 オープニングは『Hallelujah!』。昨年6月、土橋安騎夫プロデュースのもと、はじめてつくられたシングルだ。それ以来土橋プロデュースによるシングルをたて続けに製作、この春にはアルバムもリリースした穴井。1曲目から、土橋サウンドを強烈に印象づける。
 2曲目は『CRIME CRACKERS』。ライブではもはや定番の曲だ。一気に加速するライブに、観客はすでに興奮状態。ところかまわず叫びをあげ、拳を振り上げる。
 穴井を盛り立てるバックバンドは、はじめてのメンバーチェンジで集められた、粗削りだが勢いのある4人組。派手なディストーションサウンドを弾き出すギター、あくまで堅実にリズムを奏でるベースとキーボード、それらをひとつにまとめるドラム。穴井のポップなボーカルとの整合性も見事で、一丸となってのスピーディーなショウを展開する。
 ライブが中盤にさしかかっても、その勢いは少しも衰えない。通常であったら、ここでいったんシフトを落とし、静かなバラードで後半戦にそなえるものだ。しかし、そんなこと今日の穴井はおかまいなし。ひとたび加速してしまったライブは、もう誰にも止めることはできない。
 ギアをトップに入れたまま後半戦に突入すると、さらに会場のボルテージは高まる。『WILD CHILD』『HEAVEN^2』『BAD/but ENOUGH』、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプの穴井。満員の観客も、まけじとジャンプを繰り返す。もう完全に穴井のペース。誰だって、この呪縛から逃れることはできないのだ。
 熱狂のエンディングは、その場にいる全員での大コーラスとなった、『月に吠える』。せまい空間をうめつくすはりさけそうな熱気の中、客席とステージが今、ひとつになった。


 そんなライブに、キミが来ていたと聞いたのは、終演後、まだ熱を抱えたままの人込みの中だった。気付いたとき、ぼくはキミの街へと走りだしていた。無駄だとはわかっていた。でも、立ち止まることはできなかった。

 キミが降りるはずの小さな駅。もう、待ち続けて3時間がたつ。
 横目で左腕の時計をかすめると、ぼくは小さく頭を振った。次第に心を支配してくるあきらめの気持ちから、必死に逃れようとしていた。
 ぼくは、半分に欠けた月が浮かぶ、青黒い空を見上げた。キミと数えた冬の星座も、いつしかすべてが消えてしまったね。
 
 二人もこのまま消えるんじゃないか。

 ぼくはその言葉に、はっきりと答えることができなかった。

 最終電車から吐き出される人たちが、ぼくの目の前を行き過ぎる。疲れ果てた大人たちの影に、ぼくは真っ白なTシャツをさがした。
 麻衣ちゃん。
 今日もキミは、来ないのか。
 駅前から人の気配がなくなっても、ぼくはしばらくそこを離れられなかった。
 
 
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